カウントダウン

誰にも期日はわからない

早期退院

入院前には担当医師の方から期間の説明はなかった。乳腺科の医師からは「多分2週間はかかるよ」と言われていた。だが、2週間も入院するわけにはいかない。うちには血管腫で、余命がわずかしかない要介護の猫がいるからだ。毎日どこかしらから出血するような猫を2週間も母に預けっぱなしにはできない。そして、私の1番辛い時期に寄り添ってくれた猫に、今だからこそそばにいてあげたいと思っていた。

今回受ける子宮等全摘手術は、腹腔鏡手術。さっそくググって、退院までの日数を調べる。いくつかのサイトを見た結果、最短で術後5日目とある。5日目なら13日月曜日。私はこれを自身の退院日と決めた。

入院の日。オリエンテーションを受け、最初に渡されたスケジュールでは、7日〜16日まで入院とあった。私が決めた退院日より3日も長い。しかもそれが最短と記されていた。

「何かご要望があれば、ここに記入してください。先生にお伝えします」

看護師の言葉に頷き、書き込んだ。

「なるべく早く退院したいです。可能なら12日に」

私の書き込みを見た看護師が驚いて聞いて来た。

「そんなに早めたいのですね。何か事情があるんですか?」

私はここで考えた。素直に言うべきかどうか。 話してわかってくれる相手ならいいが、もしかしたら「なんだ猫か」と思われてしまうかもしれない。だから私は敢えて秘すことにした。

「ええ、ちょっと家庭の事情で」

「そうですか。私からも先生に掛け合ってみますね」

こうして、まだ手術もしていないのに、退院に向けた交渉が始まった。

手術がてんやわんやのうちになんとか無事終わり、ベッド上安静のうちに背中の麻酔の管や尿の管が外れ、点滴も終わった。 翌朝、検温に現れた看護師が笑顔で伝えに来た。

「先生にお聞きしたところ、12日は診察がないので無理ですが、13日に診察して問題がなければ退院を許可するそうです」

目の前が一気に明るくなった。予定通りだ。

「ありがとうございます!頑張ります!」

そして、私は本当に頑張った。 「腸閉塞にならないように水分を多めに摂ってください」と言われ、毎日2リットル以上水分を摂り続けた。同室の奥様が「味が濃くて食べたくないわ」「ごはんが多すぎるから残す」「代わりにわらび餅食べようかしら」と言う中、何一つ残さず何一つ増やさず、食事をし続けた。 「なるべく動くようにすると体力が落ちなくていいですよ」と言われたので、消灯時間以外はベッドに入らず、椅子に座るか病棟内を歩き回った。

こうして迎えた13日の診察。

「経過順調ですし、退院できますよー」

と言われ、私は何度も頭を下げてお礼を言った。

同じ日に入院手術した同室の方からは「決められた退院日には意味があるのだから、早めるのは体に良くないわ。病気は我慢です。美味しいものを食べたい、遊びたいと思っても、じっと耐えて治さなくちゃ」と言われました。

誰もそんなことを望んではいない。 そんな甘えた気持ちで努力したわけでもない。 わがまま放題、好き勝手しているあなたとは違う。 あなたの物差しで私を測ってもらいたくない。 言いたいことは多々あったが、退院が決まれば私はそれでいい。 同室の方にはただ笑顔で 「そうですね。どうぞお大事に」 と言って、部屋を後にした。

その足で乗り物を乗り継ぎ、急いで我が家へ。

「ただいま、猫さん」

私はようやく、猫に再会できた。 二度と会えないかもしれない。入院中に苦しみ抜き、孤独死させるのならいっそ、と思ったこともあった。 そんな猫と生きたまま、また会えた。 ゴロゴロ言いながらスリスリしてくる猫と寄り添って、私はゆっくり自宅療養する。